ことはみんぐ

演劇、美術、ミステリ、漫画、BL。趣味の雑感。

彩の国シェイクスピアシリーズ第28弾 ヴェニスの商人(過去ログ)

DVD概要

演出:蜷川幸雄

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:松岡和子

出演:市川猿之助中村倫也、横田栄司、高橋克実

 

 

以下、2016年2月8日にTwitterにて掲載したDVD鑑賞レポとなります。

 

 注意

  •  何の気遣いもなくネタばれしています。

 

最初、アントニオ役の高橋克実さんが現れた瞬間、拍手が起こった。そういうところはちょっと歌舞伎っぽいなと思った。もしかすれば、市川猿之助さんの登場と間違えたのかしら、とも思ったけれどどうだろうか。結局、猿之助さんが最初に登場したときも拍手は起こっていたけれど。

横田栄司さんが最初に登場したところ、声が甘くて、この人そういえばこういう声だったな、と思うと同時にちょっとえろいな、と思った。
なんだろう、役柄だろうか。バザーニオは言うなれば二枚目の役に当たる。ヒロイン、ポーシャの相手役だ。ポーシャが褒めちぎる真摯の役だ。褒めちぎられる素敵な真摯として素敵な甘い声で登場するのかもしれない。去年見た同じく喜劇のヴェローナの二紳士に出演していたときは父親の役だったからだろう、色気とはいくらか離れたところにいた。でもこのバザーニオは色気があった。

そしてポーシャがすごく良かった。
すごく可愛い。そしてヴェローナでの月川悠貴さんを思い出させる声をしていた。すごく可愛くてこの人、すごく上手だ。なんだかとてもこなれていた。さらっと娘役をやっている。めっちゃ可愛くて、バザーニオが箱を選ぶシーンでべらべらしゃべりまくるところとかすごく可愛いし、すごく面白くて本当にこの方、中村倫也さんとおっしゃるようだがほんとうにとても上手いしすごくよかった。
ヴェローナのときにヒロインのジュリアをやった溝端淳平くんはものすごく蜷川さんに厳しく指導されたと言っていたけれど、なんだかこの方はさらっと演じられたのでは?と思わせるくらいさらっと可愛く面白く板についていた。
法学者として男装して現れたときもすごく良かった。男装した女性だということをことさら意識させずにさらっと現れてでも可愛くて、せりふも強くて本当に良かった。
娘役すごく似合ってる。

それから、裁判のシーンでポーシャが学者に扮して最初に現れたところで領主と握手をする。その瞬間軽くからだが傾ぐのだけれど、あれもちょっと笑いを誘うシーンなのだと思ったのだけれど観客が笑っていなかったのがちょっと印象に残った。男装した女性だから男性である領主と握手をした瞬間、力の差に思わずよろめいたという見せ方だと思って面白かったのだけど、そういうシーンではなかったのだろうか。

 

そして喜劇といえばやっぱり道化役。
道化役の召使いランスロットがやっぱりよかった。
馴染みのあるジャンルを持ち出して恐縮だけれど、シェイクスピアお能も通じるのもがあるな、とランスロットが一人で語り出すところで思った。
お能にも相狂言という狂言の役者がお能の演目のなかで一人現れて解説みたいなことをしていくシーンが挟まれるのだけれどそういう役回りになっているのだろうな、と。そして狂言回しはやっぱり面白い。型が決まったような笑いだ。

さて、猿之助さんに触れないわけにはいかない。
芝居のなかに歌舞伎の要素をふんだんに取り込んでいてほかの役者さんはちょこっともじってそれっぽく演じることはあっても基本的に西洋の演劇としての芝居をしているけれど、猿之助さんは歌舞伎の芝居をしていた。全部ではないが、要所要所を歌舞伎の芝居で演じていた。けれどそれがまったく周りの芝居を壊さない。壊さないだけでなくなんの差し障りもなく馴染んでみられて、歌舞伎の要素が入ることがこの芝居のなかではゆるされていると感じた。
そしてやはり上手い。せりふ回しが完璧だ。めりはり、テンポ、緩急、すべて完璧だった。年寄りらしく滑舌が悪いように感じさせる、なんだかずずずっと引きずったようなしゃべり方をしていたりするのに決してせりふが聞き取りにくくはならない。
べらべらしゃべっていたと思ったらびしっと決めてそういう瞬間、本当にぴりっと芝居が締まる。この説得力は歌舞伎役者としての蓄積なんだろうと強く思わせた。
歌舞伎役者の方が歌舞伎ではない舞台で芝居をするのを見るといつも思うけれど、歌舞伎をやってきた人というのは本当にすごい。巧みだ。この説得力は簡単には出ない。
それにところどころで見得を切るのが効いてる。仕込んでくるな〜と歌舞伎らしさをだしてくる度に楽しい。お能の飛び安座みたな動きとか、舌を赤く塗っていたり。
でもそういう歌舞伎っぽいシーンになると途端笑いが起こって、やっぱり猿之助さん目当てにこられている方が多いのかなと思っていつ沢瀉屋〜!て声がかかるかと無駄にハラハラしてしまった。
あと、そういえば飛び安座みたいな動きのところ拍子木打ってったっけ?あとで確認しておこう。

ついでに。
アントニオとバザーニオの仲の良さが個人的にツボだった。アントニオがバザーニオがいないと生きていけないんだろうみたく言われていたり、裁判のシーンでアントニオとバザーニオが一緒に嘆いたりしているところのくっつき具合がえろくてよかった。半裸のアントニオにすがりつくバザーニオが。

シナリオ的にはヴェニスの商人という戯曲は、初めて読んだときからあまりにも今と感覚が違って、本当にユダヤ人がぼろくそにいじめられる話だなと思っていたのだけれど、芝居になってみるとそれがユダヤ人をこけにして気にも留めないキリスト教徒という構図からむしろユダヤ人差別というよりはキリスト教徒への批判みたいなものを浮き上がらせているように感じる部分があってそういう裏腹感が面白かった。

喜劇なので細かい芝居がいちいち笑いを誘うし、戯曲というものを本当によく演出しているんだってことが改めて感じられた気がする。何度か繰り返してみられるのでやっぱり映像には映像の良さがある。と、書きながらもう一度流していて思った。
最近見た芝居とどうしても比べてしまうのだけれど、藤原竜也さんがやっていた『とりあえず、お父さん』もコメディだったけれど、あれは最終的に演出する芝居ではなく役者が作るコメディというふうに感じた。
でも、このヴェニスの商人は演出された喜劇だ。役者一人一人すべてのこと細かな動きまで演出家が演出しているわけではないだろう。演出したのは演出家の蜷川さんひとりではないと思う。舞台に立っている役者ひとりひとりが作り上げていった部分も多いだろう。けれど、だれが演出したかは置いておくとしてもすべての芝居が演出されたものだった。即興というものも芝居にはあるけれどこのヴェニスの商人は本当によく作り込まれた芝居なのではないかと思った。型にはまっているといえばなんだか窮屈なようだが、ただ古くからある型を持ってきてはめたわけではない新しい型を稽古のなかで作り上げてきたけっして窮屈ではない型だ。つまり本当によく出来た芝居だと思った。生でも見てみたかったが、映像でもやはりちゃんと楽しめる作品だった。最後に残ったのは蜷川さんの細やかさだったなという思いだ。

今週末、個人的に初猿之助さんである元禄港歌を観劇に行くので予習のつもりで見たのだけれど、ヴェニスの商人、面白かった!