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ことはみんぐ

演劇、美術、ミステリ、漫画、BL。趣味の雑感をのこすために。

クレシダ 雑感

公演概要

演出:森新太郎

作:ニコラス・ライト

出演:平幹二朗高橋洋浅利陽介、橋本淳他

 

www.cressida-stage.com

 

観劇公演

2016年9月17日マチネ

シアタートラム

 

 

 注意

  • 何の気遣いもなくネタばれしています。

 

クレシダ

 

出演者は全部で七人。その七人が七人とも全員、とても芝居が上手いと感じた。
もちろん、長く続けて来られ、大御所な方やテレビでも活躍している方もいたので上手いのは当然というか予想済みというかそういう点での期待値は始めから勝手に高く見積もって観に行っていた感があった。にも関わらずそんな勝手な予想を裏切ってさらに上手い芝居をみせていただいた。それに勉強不足で申し訳ないのだけれど、今回はじめてお目にかかった若手の方々も本当に良かった。お芝居だということは解っているのだけれど途中、まるで本当にそこの時代、その場所で生きている人たちのように見えたほどだ。
狭い舞台だけれどそこを目一杯つかってこの戯曲の世界を国も時代も違うこの日本に、シアタートラムという劇場に生み出していた。お話は切なさもあったけれど、なんだかとてもしあわせな時間だった。

 

 

今回の『クレシダ』は、高橋洋さんが出演される舞台だということでチケットの一般発売が開始されてから気づいた作品だった。しかし、高橋洋さんがご出演と知り、平幹二朗さんが主演のようでタイトルから予想も着いたシェイクスピアに関わる芝居だということで急遽チケットを取得した。幸い、一般発売直後だったのでサイドブロックではあったけれどまだ前方のセンターブロックよりの席が残っていてとても楽しみに公演日を待っていた。その時点ではお目当ての第一は高橋洋さんでその次が平さんと演出の森さんだった。高橋洋さんは蜷川さんのお芝居で何度か映像で拝見していたけれど生の芝居を見たことがなかったのでどうしても観に行きたかった。平さんは役柄が役者を指導する先生のようなものだということで俄然興味が湧き、昨年のハムレット以来やっと平さんの舞台を観に行けるということで楽しみにしていた。
お二人の芝居は楽しみにしていた気持ちを裏切らず、それ以上に魅せてくれた。
高橋洋さんは二役ではあるけれど出番はずっと出ずっぱりの平さんや少年たちに比べれば少なく本当はもっともっと見たかったけれどどちらも役も素敵だった。
特にラスト前の平さん演じるシャンクが負った深手に息も絶え絶えになりながら過去を語り、それを受け止めながらようやく素直にシャンクと向き合うシーンはとても印象的だった。舞台は夢のようなものでその一瞬一瞬、劇場で展開するお話のあいだしかそこには物語が存在しないはずなのにちゃんとこのシーンには過去という時間が存在していた。ストーリー的にはとてもドキドキさせられ、こういうとちょっと俗っぽくて申し訳ないのだけれど、なんだかとってもセクシーだった。いや、セクシーというよりはエロかった。(すみません!)シャンクと高橋洋さんが演じたディッキーとのあいだにかつてどんな関係が結ばれていたのかこの物語のなかでは詳しくは語られない。もちろん、師弟関係にあり、ディッキーが売れっ子の女形だったことはせりふから理解出来るのだけれど、二人の関係がそれ以上に親密で濃密な時間を共有していたことが過去から続いてきた時間としてそのお芝居から感じられた。有り体に言ってしまえばただの師弟ではなく心や体をゆるし合う関係だったのだろうな、と。なのでそんな過去が浮かび上がってくることでこのシーンはとてもエロいと感じてしまった。(すみません!!でもエロかったんだ!そしてそれがとても良かった…!!)
しかし、この物語自体、シャンクとディッキーの関係とシャンクの弟子に当たる現在の女形である少年俳優たちのなかで突出した二人の天才の関係が相似形をなしている、と感じたのでシャンクとディッキーのエロいシーンはおそらく私自身の趣味に照らして勝手に読み取った不純な感情移入の結果ではなくちゃんとそういう設定だったはずなのでエロいものはエロいんだ!と思っても問題はないのだと思う。だってエロかった…///////←
こういっては失礼かもしれないが八十歳を越えてらっしゃる平さんの色気にあてられ、洋さんの美しさにあてられた。お二人とも本当に素敵だった。
洋さんはもう一役の太っちょな嫉妬に狂っただめ亭主もとても弾けていて面白かったです。太っちょなあのおなかをつけて舞台上を駆け回るお姿も素敵でした。最初出てきたときは誰!?と一瞬、思いましたが。笑

しかし、今振り返ってみると平さんのシャンクに深手を負わせたのは太っちょだめ亭主だったので二役で違う人物を演じているとは解っているけれどなんだか因果なものだな、とキャスティングの妙を感じる。皮肉だけれどそういう皮肉な対比がとても面白い。

対比、といえば上記したけれどもう一人の主演とでも言うべき浅利陽介さんが演じたスティーブンとシャンクが演技指導をしていた劇団の看板役者ハニーとの関係はシャンクとディッキーの過去を彷彿とさせ、ある部分では師弟であるシャンクとスティーブンの関係とも相似していてストーリーの展開も面白かった。

そして今回、個人的に思わずファンになってしまったのはハニーに扮した橋本淳さんだった。
彼は本当に役所としても良かったけれど、お芝居もとても良く、強く惹かれた。
若手四人のなかではきっと浅利陽介さんのお芝居が一番に上手いと感じる方が多いのではないかと思う。私もそうだ。浅利さんはたしかにずば抜けて上手かった。
けれど浅利さんだけではなく若手四人も本当にとても上手く、心地よく、素敵な芝居をされていた。そのなかで私が一番惹かれたのはハニー役の橋本淳さんだ。彼はハニーという役を生きていた。舞台の端にいても真ん中にいても場面場面で自分が注目されるところでなくてもずっとハニーだった。いや、もちろん、彼だけではない演者は全員舞台上にいる間その役を生きていた。そういうお芝居だった。けれど私には橋本淳さんが特別にそういう感覚を持って目に映った。

ハニーという役もとても印象的だった。
この物語はシェイクスピアの時代、役者には男性しかおらず、女性の役はまだ声変わりをしていない線の細い少年が演じていてそんな少年たちの成長や葛藤をバックステージものとして仕立てたものだ。プログラムによれば登場人物は脚色も加えられているけれど全員たしかに実在した人物だという。
ハニーはシャンクの所属する劇団の看板少年俳優で舞台では常にヒロインを演じていた。しかし、少年俳優が少年でいられる時間には限りがある。この物語のなかでハニーはそのちょうど過渡期にいた。人気は絶頂だけれどもうそろそろ女形はやれなくなる時期に来ていた。そんなところへみすぼらしい新しい少年俳優のスティーブンがやってくる。スティーブンは最初さ行が上手く発音できずに笑われるようなまるで演技など出来そうにない落ちこぼれの少年俳優だった。しかしそれがおもにシャンクの横領を引き金にしてハニーの不動のヒロインの座を脅かす存在になる。シャンクの借金を返すための計画の一つとしてスティーブンをシェイクスピアの芝居『トロイラスとクレシダ』のクレシダ役に起用することになったからだ。次の芝居では必ずヒロインをやらせるからと説き伏せられるハニーだけれど面白くはないし、実際もうそろそろ自分が少年ではいられないこともわかっているからいつ女形からお払い箱にされるかと気が気ではなくやさぐれたり、ファンの年増と不倫したり問題ごとを呼び込むことも多いけれど人気絶頂の女形の座を失うことと葛藤しながらその座を奪っていくスティーブンにイライラしつつ、それでも気になって仕方ないそんな矛盾を抱えるハニーという役は本当に魅力的だった。

俳優少年たちはいつまでも少年ではいられない。
ラスト、ハニーは『トロイラスとクレシダ』でクレシダをできなかった代わりにやらせてもらえると約束していた『お気に召すまま』のロザリンドももう女形として出演することは不可能だと諦めではなく受け入れてはじめての男役に挑んだ。
そしてハニーにずっと憧れていたスティーブンは『トロイラスとクレシダ』でクレシダを演じそれまでの演劇の概念を変えるような絶賛を浴び、ハニーに代わって新しいスターになる。

しかし、なぜここへきたときにはさ行さえ上手くしゃべれなかったスティーブンが新たなスターになれるのか。それは、スティーブン自身の素養もあったが、それを開花させたシャンクの力による。
『トロイラスとクレシダ』を前にシャンクとスティーブンは二人だけの稽古をする。

稽古のシーンは胸が熱くなった。
シャンクは言った。声の高さをもっと高く、せりふは正確に。
せりふにはそのせりふにあった音の高さがある。せりふは歌とは違う。けれど音程をある。せりふは作者が血を吐くような気持ちのなかで紡ぎ出したものだ。それを変えることは作者に対する冒涜にあたる。そんなことを蜷川幸雄さんの稽古映像やインタビューで見聞きしたことを思い出した。
シャンク役の平さんは自分は役者で芝居を教えるようなことは向いていないとプログラムのインタビューで答えていた。けれどその演技はまさにはまり役だった。

平さんは昨年の蜷川幸雄さんのハムレットでクローディアスを演じていたのが唯一生の舞台を拝見したものだったのだけれど、ハムレットではクローディアスのいやらしさのようなものが平さんの威厳が勝って少し弱かった。けれど今回は俗っぽいところもある役柄だけれどそんなところまでとても似合っていて本当にはまり役という感じだった。この方の良さ、上手さというものが存分に味わえた気がする。なかでも印象的だったのは、上記した稽古シーンや洋さんとのシーンのほかには、剣をとる場面で一瞬でリチャード三世に化けたところだった。このシーンは鳥肌が起った。リチャード三世といえばせむし男だ。体を歪め、軽く足を引きずるような雰囲気で動いたりする。そういう解り易いアイコンがあるからこそ一瞬でリチャード三世になったように見えたのかもしれないが、それだけではないと感じた。あの瞬間があまりにも劇的で、平さんのこれまでの演劇経験の深さと今回の役所における演劇経験という時間の積み重ねのようなものをまとめてみせられたようでこの瞬間、本当に感動した。素直にすごいと驚嘆した。平幹二朗という役者さんはやはり本当にすごい。

ただ、このとき、なぜかその肉体的な表現はたしかにリチャード三世だったのだけれど、今年の始めにリチャード二世をみているせいかなぜかせりふだけはリチャード二世に出てきた!!!と思ってしまったという謎な感覚も残っている。まさか、この瞬間リチャード三世のせりふとリチャード二世のせりふが間違われているというそんな小技が効いていたわけではないと思うので自分の底の浅さを露呈した感があった。だめすぎた。

それはともかく、本当に面白いお芝居だった。どの役者も舞台の隅々までちゃんと気を張って決して自分がクローズアップされるシーンでなかったとしても役を離れることがなかった。
弾けた芝居をしていた少年俳優のでこぼこコンビ二人もとてもよかった。
だれもがよく通る声をしていて劇場が狭すぎると感じるほどだった。ストーリーとしても出演者は七人の半数がほぼ出ずっぱりのようなどちらかといえばこぢんまりしたお芝居だ。劇場のキャパと物語は決して不釣り合いなものではないと思う。それでも役者一人一人の力量がもっと大きな劇場でも通じる芝居をしていてもっと大きな劇場の一番後ろからみてすらきちんと楽しめるだろうなと思った。私は今回三列目という近さだったので本当に大迫力だった。ちょうど役者さんと目の合う高さでもあり、平さんとよく目があって洋さんの視線が飛んできたときは思わずドキドキしてしまった。

そして最後にもう少しだけ物語のことを。
ハニーは新たな才能に嫉妬しつつ、けれど、その才能にも惹かれていく。根底には芝居への情熱がおそらくはある。自分がヒロインの座に固執することより、芝居が成功することのほうが大切だと泣きながら、徐々に思い定めていき、次の芝居でスティーブンはロザリンドに、ハニーはちょい役のはじめての男役に臨んだ。公演のあとハニーは結婚しようと思うとスティーブンに告げる。ハニーにずっと恋い焦がれていたスティーブンはこの気持ちも潮時だと寂しそうに微笑む。ハニーいわく、スティーブンのロザリンドに似てるひとが相手だという。そしてハニーがスティーブンにキスをした。特に説明はなかった。ハニーがいうようにスティーブンのロザリンドに似ているどこかの女性なのかもしれない。けれどぱっと表情を明るくしたスティーブンがロザリンドに似てるんだとはにかむように微笑み、二人がしあわせそうに見つめ合った姿は、あ、結婚てそういうこと、と思わずにやにやが止まらなかった。

シャンクは、ハニーの不倫が原因で乗り込んできた太った亭主に刺された怪我がもとで天に召された。けれど、シャンクはスティーブンという新たなスターを残した。スティーブンはそれまでの演劇における女性の表現を少年が演じるという前提を踏まえて観るものではなく、もっと本当の女性に近づける自然さというものを体現し、演劇の世界に本当の女性が進出するまであと少しという素地を作って話は終わる。
バックステージもの、時代物としてもとても面白かった。
いろんなところで解ったり解らなかったりシェイクスピアやその時代の戯曲へのオマージュもちりばめられていてもっと演劇に造詣の深い人たちならばもっともっと楽しめたに違いない。もっとあ、これあれ!こっちはあれ!とそういう意味でも楽しみたかった。けれどそんな知識がなくともある時代の俳優たちの心の機微を感じ取れる話はとても面白かった。
素敵な作品を観劇できて本当にとても良かった。

ちなみに、ハニー役の橋本淳さんが次回はおなじくシアタートラムで公演されるケラリーノ・サンドロヴィッチさん作・演出の『キネマと恋人』にご出演ということで思わずそのチケットもぽちっと。また冬にお会いできることを楽しみ待っているところです。
高橋洋さんの次の舞台もきっとまた観劇に行きたい!

『クレシダ』面白かった!!