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ことはみんぐ

演劇、美術、ミステリ、漫画、BL。趣味の雑感をのこすために。

蒼白の少年少女たちによるハムレット2012(過去ログ)

公演概要

演出:蜷川幸雄

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:河合祥一郎

出演:さいたまネクスト・シアター、こまどり姉妹

 敬称略

 

以下、2015年8月2日にTwitterにて掲載したSBスカパー録画鑑賞レポになります。

 

注意

  • 何の気遣いもなくネタばれしています。
  • 蜷川幸雄さん演出、藤原竜也さん主演のハムレット2015、2003どちらにも言及し、ネタばれを含みます。
  • 多少個人的な腐った趣味をにおわせています。

 

ホレハムだった。いや、違う。いや、違わない。完全にホレハムだった。が、しかし問題はそこではない。すごかった。面白かった。まず、装置に驚いた。多少のネタばれをした状態で見た。でもネタばれしてたことを忘れた。03年のハムレットの装置が私はすごく好きだ。金網で囲まれただけ。説明的なものはほぼない。椅子とかが出てくるくらい。ネクストハムレットは透明なアクリル板の床でしきられた二階構造だった。なんだこれ。え、下で動いてるのが見えるの?いや、それだけじゃない下でも芝居をする。せりふをしゃべる。面白い。なんだこれ!となった。この装置はすごい。金網とは違うけどこっちもすごく良い。
そして芝居だ。まず思ったのは王が軽い。王妃も軽い。ひとりになって語り出すハムレットも弱い。やはり若いキャストだけだからそんなものなのかと思いながら見始めた。王は結局終盤まで印象としては軽かったけど、ハムレットはどんどん、どんどんハムレットになっていった。最初のうちはハムレットひとりで語るシーンはやはり弱いなと思っていたけれどホレイシオが加わることでその弱さが紛れた。そして亡霊が父を忘れるなといって去ったあとのひとり芝居のところからはひとりでいてもハムレットに見えるようになった。体よ、急に萎えるな!というシーンあたりからだ。その後のホレイシオたちに誓えと迫るシーンで床に抱きつくような芝居をするのが印象的だった。床が透明だから床の上と地下とでアクリル板一枚挟んだ芝居がかなりあり、印象的だった。
とりあえず気になったところを並べてみる。

 

冒頭
地下に机が並んでそこに学生の姿をした役者がいる。まさかの入り口が現代日本。チャイムがなって授業開始みたくお辞儀して芝居開始。地下空間と地上をつなぐ階段のところが開いたり閉まったりしてアクリル板の床が一部口を開けたり閉じたりするのだけど、その開閉音がかなり印象的。カチっ!て結構大きな音で響くからそれで装置の見た目が変わるわけではないのに一気に場面が転換したり、ぴりっと芝居の雰囲気が引き締まったりする。そんなところもこの装置の面白さだと思った。

 

冒頭のホレイシオたちと亡霊とのやり取り
ここはあまり軽く感じなかった。たぶん、ホレイシオの声がいいんだと思う。マーセラスかバナードーのどちらかが少し声が高くてその分、軽さを感じなくもないけどホレイシオの存在がたぶんいい。

 

 

クローディアスの軽さ
最初の登場から軽い。15年版の王(平幹二朗)はどちらかというと重すぎてクローディアスの嫌らしさが薄れがちかなと思ったりしたけれど、ネクストの王は軽い。嫌らしさも軽い。クローディアスも亡霊も概ね最後まで軽かった。たぶん、声がどうしても軽いと思わせるのだと思う。台詞回しで重みをもたせることが可能なのか解らないけれど声質だけの問題でそう感じさせるのだとすれば見る側、つまり私の問題だとは思う。
王妃も軽いと感じたけれど途中から多少改善された、ように思った。

 

ホレハム
さて。ホレイシオと殿下の再会シーン。のみならず、あちこちでこのふたりぎゅって抱き合うんですが。のちのち、ハムレットとレアティーズの試合が始まる前に一回ホレイシオが殿下を抱きしめようとしてその瞬間ラッパが鳴って失敗するシーンがあるのだけどそれがもう、ほんとホレハムだった。

ホレイシオが殿下に亡霊の話をするシーン
殿下が「父上が目に見えるようだ」というところで「え、どこに」とホレイシオが続くがその間合いが鈍い。ここ、基本的に笑いを誘うシーンなのに笑いが起こらないのは間が悪いからだ。ホレイシオがもう少し間の抜けた雰囲気で言うべきだと思った。

 

レアティーズの旅立ち場面
兄妹の仲が良すぎるくらい良い。きゃっきゃしながらくっついてたわむれているけど、兄妹の仲の良さ以上に仲がよく見える。まるで恋人のようだ。それでもせりふは兄が妹を思うもので妹も兄をからかうようではあるけれど兄に肉親の情以上のものを感じさせるせりふはなく、二人の雰囲気とせりふが合わないような気がしなくもなかった。03、ネクスト、15のなかで一番仲が良い兄妹のような気がする。

 

オフィーリアが父ポローニアスに殿下とあうことを禁じられるシーン
このポローニアスは03よりも15よりもかなり厳しい。けれどこの厳しさがオフィーリアの「はい、お言葉通りに」というせりふに真実味を与えると思った。03はまだ少しオフィーリアの哀しさというか残念さがあったけれど15はこのシーンに違和感があるくらい素直に父親のいうことを利くオフィーリアだったのでネクストは解釈として一番しっくりきた気がする。

 

ついていくぞ!
亡霊がハムレットの前に最初に現れたシーン
ホレイシオたちを振り切って「ついていくぞ!」のせりふがよかった。このあたりからハムレットがどんどんハムレットになっていく。
亡霊が自分の殺された顛末を話しているときにぺたっとお尻をつけて座っている殿下がお腹と体をぐらぐらさせて聴いていてそれが可愛かった。
そして一頻り亡霊と二人きりで話し、亡霊が去ったあとのハムレットひとりの演技が良かった。叫びから入る。このときのハムレットハムレットだ。よかった。

デンマーク中を探しても悪党〜??(せりふが少し違う、ミスかな?)

 

亡霊のくるくる
車輪。車輪だ。なんだこの亡霊!おもしろいぞ!笑っちゃうぞ!となった。地下で亡霊がその説明通りあっちにもこっちにも神出鬼没に現れるように出来ている。台車に乗って地下を動き回る亡霊。面白かった。

 

役者たち登場
役者たちが久々に訪ねてきたシーンの殿下の喜びようが可愛い。基本的にこのハムレットは可愛い。座長の芝居が多少弱い。けれどその弱さがなぜかこれに限ってはよかった。めそめそ泣くことが心に迫る。
ハムレットがポローニアスに役者の扱いを丁重にするよう指示するところがいい。ハムレットは本気で怒っている。大切にしろ、と。座長の芝居に感化されていることがありありと解る。ぐらぐらしているちょっとまだ芯の通ってないハムレットでそれがこのハムレットらしくてよかった。

 

そしてこまどり姉妹登場。
尼寺へ行け!のシーンだ。ハムレットがオフィーリアをなじる。二人が言い争っているところで奥の幕があいてこまどり姉妹が唐突に現れ、歌い出す。ぶったぎったな、とまず思った。現れたときにハムレットとオフィーリアが体をよせてあらそっていたからではあるけれど、半ば抱き合ったような状態でこまどり姉妹の方を向くのが印象的だった。どう考えても異質な存在が急に現れたシーンだ。けれど芝居はそのまま続く。観客には見えるけれど舞台上の役者には見えない存在みたいな感じの扱いになるのかとおもっていたけれどハムレットとオフィーリアがこまどり姉妹に視線を向けることでその均衡が少し崩れる。見ちゃだめだったんじゃないかとも思ったけどでも見てもいいような気もした。そして間奏に入ったところでハムレットもオフィーリアも泣いていることに気づいた。いつの間にか倒れ臥してふたりは泣いている。顔を伏せ、こまどり姉妹を見ることはない。ただ泣いている。そして歌い上げてこまどり姉妹は去る。人が信じてくれなくたって私は私を信じたい。しあわせになりたい。
泣いてるふたりにライトがぱっと当たる。よろよろ立ち上がるハムレット。あの方を元に戻してと叫ぶオフィーリア。即座に戻ってきて乱暴にオフィーリアを押し倒しなじるハムレット。オフィーリアの手はハムレットの頬に添えられる。ふたりともにまだ惹かれ合っている。それでも添うことはできないと知っているハムレットと絶望に打ち拉がれるオフィーリア。このふたりはちゃんと思い合ってる二人だ。こまどり姉妹がそれを裏付けた気がする。歌詞の「人が信じてくれなくたって私は私を信じたい、しあわせになりたい」という部分が印象に残った。

 

劇中劇
黙劇が踊り仕立てで面白かった。劇中劇は衣装が奇抜でいい。男の子が王妃役をやっているけど衣装がおっぱいの衣装で面白かった。前口上の人のおっぱいとはえらい違いで妃のおっぱい衣装はちょっとどきどきした。たぶん、男の子があれを着ていると思うこともそのどきどきに加担しているような気がする。あと、毒薬出すのそこから!?てなった。03はどうだったっけ?同じかな?

 

劇中劇後のスローモーション。
ハムレットはスローモーションじゃない。外から見ている。この世界に加担していない存在に見える。傍観者的な。そしてやはりホレハム。オフィーリアが必死に伸ばす手を結局ハムレットは取らないし、一瞬ホレイシオに邪魔される。邪魔するホレイシオがどうやってもホレハム。そしてスローモーションが奥の幕が閉じると同時に終わり、それと対比するようにその瞬間奥へ向かってハムレットが走るのが印象的だ。
それからこのあと、王の犯行を確信したハムレットとホレイシオの擦り合わせが終わったところで「さあ音楽だ!」と殿下が叫ぶのがカリギュラか?と一瞬思った。

 

ガートルードとハムレットの寝室でのシーン
ガートルードがあまり母親に見えない。03も15も母は母だったけど、この母は、ハムレットの母であるより女であるような気がする。これも若さなのか、見る方が穿った見方をしているのかは解らない。ただ、最初の方で感じていた軽さはこの辺りでなくなっている。妃としてはちゃんと妃に見える。軽くはない。あと、今までで一番こわいママだと思った。角が取れてない感じ。やっぱり若さなのかもしれない。
ハムレットは「おやすみなさい」と抱きついている感じとかそのわりにかなり母親を乱暴にあつかっている感じとかマザコン炸裂なのだけどマザコンだから母親の不貞がゆるせなくて多少錯乱しているようにも見えて落ち着かない感じがいい。良い意味で未熟な感じというか。

 

フォーティンブラス初登場場面
なんだこのフォーは!え?どしたのその鎖!wwwwwて、感じだった。
フォーティンブラス軍のなかに明らかに女の子な兵士がいることがこのどう考えても中世ヨーロッパではない軍団をちょっと好印象にした。それにしてもかなり面白い存在だ。「穏やかに進め!」とフォーティンブラスはいうがどう考えても穏やかさとは無縁でそれはある意味もともとあるフォーティンブラスの不穏さをストレートに表しているようにも見えて奇抜な装いのわりに見る者を納得させるところがあるような気がした。
ただし、ハムレットがあれを遠目に見て「やさしげな王子」と評すのはやはり無理があるかもしれないとは思った。思わず見ながらやさしげ???て突っ込んだからだ。

 

狂気のオフィーリア
このオフィーリアはかなり違う。03と15はそれぞれ違うけれど型のようなものがあってそれは同じ型を見せられていて役者それぞれが自分にあうようにその型にはめていった感じというか、03と15はまだ近くて姉妹くらいの違いだけれどこのオフィーリアはかなり違う。歌も違えば動きも違う。せりふも戯曲と順番が違うというか多少アレンジがあったような気がした。チェックしてないからよく解らないけど。ここはこのオフィーリアなりの個性を出すことを重点的にやったのかなと思った。でも歌はもうちょっと歌らしく歌ったほうが私はすきなのかもしれない。歌とせりふの間のような表現で中途半端かな、と思った。そもそもここのオフィーリアが歌う歌が私はかなり好きなので普通に歌ってほしかった。
あとせりふを口にしながらホレイシオに近づいてまるで恋人に触れるようにホレイシオの頬に手をやろうとする動きがあってそこがホレハム!!!となってなんだか浮気現場目撃というかいけないものを見てしまった感がかなりあった。
そしてもともとここの狂気は父親が死んだための狂気というよりは無理やりだれかに手込めにでもされたように見えるわけだけれど、たぶんハムレットとは清い関係で結婚するっていったから操を捧げたのにあなたは裏切った!みたく言ってるオフィーリアには矛盾があるのだけど、それはまあ気が狂ってしまったからだといえばまあそうだから矛盾点は狂気ということで見逃してきたわけだけど、その矛盾を強く感じるオフィーリアだった。乙女、に見えないわけではないと思う。でも乙女にしては多分性的だ。それはオフィーリアの振る舞い、自分の胸を掴んだり、寝転がって腰を上下させたりそういう動きがあるからではなく、もっと雰囲気の問題のような気がする。もしかしてこのオフィーリアはもうハムレットとやっちゃってたのかな??とか考えた。やったならいつだよ、ということはまあおいとくとして。いや、そもそもハムレットがまだヴァージンだからじゃあ相手だれ??くらいな。下世話な感じで申し訳ない。

レアティーズが王のところへ群衆を率いてくるシーン
王の百戦錬磨感が強かった。この王はレアティーズをやってる…。あ、また下世話で申し訳ない。レアティーズが王に言いくるめられて肩を抱かれてはけていくところがひとりの男として立っているはずのレアティーズをなんだかひどくか弱い存在のように見せていてちょっと不思議だった。このレアティーズは内面実はかなり弱い子なのかもしれない。

 

墓堀のシーン
埋葬されるオフィーリアが本物なのはよかった。やっぱりはりぼてより本物の方がここは見た目が美しくていい。なぜ15ははりぼてだったのかいまだに謎に思っている。
あとこのときの殿下の錯乱は良かった。この殿下はかなりオフィーリアを好きだと思う。生きるべきか死ぬべきか、とはもはや復讐するかしないかとかそんな問いではなくてもっと高尚な領域のことだとか言われたりする。ハムレットがなそうとしていたのは復讐ではなく人間とはなにか、といった根源的な謎を解明しようとしてたみたいな。でもこのハムレットは多分もっと平凡な男だ。ちゃんとオフィーリアが好きででも父親のために復讐を誓ってしまってその上、好きな子の父親まで殺めてしまってただオフィーリアとしあわせになりたかったのにそうはなれなくて錯乱している平凡な男。そしてここでまさかのこまどり姉妹の歌(しあわせになりたい)が出てきて自分でちょっと動揺した。やっぱりあの歌のシーンはふたりの希求を具現化していたのだろうか。
蜷川さんはこまどり姉妹の歌に芝居で拮抗できるかということを試したかったと言っていたけれど、拮抗よりは多少芝居が飲まれた、かもしれないと今思った。

 

オズリック登場場面
ここまでくるとハムレットハムレットでしかない。最初のうちあまりハムレットらしく見えなかったことが不思議なくらいハムレットだった。
そしてオズリックが去ったあとホレイシオが場面転換前にハムレットを抱きしめようとしてラッパが鳴って失敗するところがまたどうしようもなくホレハムだった。このホレイシオ悪くない。

 

レアティーズとの対決シーン
最初ハムレットがレアティーズに墓での詫びを入れるところであんな錯乱はハムレットではなくハムレットの狂気が引き起こしたものだというようなことをいうけれどそのせりふで「ハムレットの狂気だよ」という言い方になっていたことに引っかかった。本来は「ハムレットの狂気だ」で終わる。でもこのハムレットはだよと語尾をえらくやさしくした。でもそれがこのハムレットの雰囲気とはあっていて面白いなと思った。

 

ハムレットの死の前
もうもたないとなったハムレットがホレイシオに生きてすべてを伝えろというところ。ここでまさかのホレイシオはアクリル板の下、地下にいるところがすごくよかった。透明な板を挟んで手を差し伸べ合うふたり。その距離ではホレイシオは毒をあおるといったときにハムレットが力づくで止めることはできない。けれどハムレットは板から下を見つめ、語ることでホレイシオを思いとどまらせる必要がある。そしてそれをなす。ここのハムレットは本当に良かった。動きではなくことばでしか伝えられない不自由さが切実さに直結している感じ。ここでホレイシオを地下におかせたのは本当にとても良かった。

 

そしてフォーティンブラスの再登場。
キスありでびっくりした。え?あんたもするの??あんたはむしろしない子でしょ??てなったけどどうなんだろうか。
あのフォーティンブラスのハムレットへのキスは哀悼を表していてちゃんと悼む気持ちがあるから成立するのかと思っていたけれど、このフォーは哀悼の気持ちが見えないのでなぜキスになったのか03よりさらに謎だと思った。ただお芝居の点では唇は触れてないように見えた。03は映像がいまいち解りにくい角度と画像の荒さでほんとに唇がふれているかよく解らないと思うのだとけどあっちは普通にしてそう、だよな。
そして、最後本当に最後、あっけにとられてしまった。フォーティンブラスがなぜかデンマークの人たちを皆殺しにして去っていくからだ。最後にはホレイシオさえ殺される。ホレイシオは殿下のことばを語ることができないまま結局殿下のあとを追うことになる。けれど殿下の遺体はフォーティンブラスが運んでいってしまうしこのホレハム地獄で再会できたか不安が残った。
でもフォーティンブラスが皆殺しにしたことで殿下へのキスに哀悼の気持ちがあるように見えなくても問題はなかったのかもしれないと思った。哀悼ではなくもっとなにか別の感情がありそうに見えたからだ。皆殺しにするのに殿下の遺骸はちゃんと運んでくれるしきっとそのあとちゃんと丁重に扱ったはず。ただ埋葬したとも思えないけど。
あ。それからフォーがハムレットの脱いだ上着を着たのが印象的だった。権力の継承であり、なにかもっと別の感情の現れでもあるような感じ。
そしてここで三度、こまどり姉妹の登場。
殺戮の嵐が吹いたところで歌って浄化をしたのだろうか。

 

そしてまた地下では役者たちが学生に戻っていく。最初のあいさつのときの格好に。歌が終わって授業が終わる。観客に頭を下げて芝居は完全に終わり。で。カテコ。
この現代の格好で地下で頭を下げるやつが不思議。現代と過去がここで撹拌されてこういう芝居になったんだよってことなのかな?

あと、この芝居ではフォーティンブラスはフォーティンプラスになってるんだね。なぜ?(エンドロールでそう読めたけれど勘違いの可能性あり)

 

さて、ながながと書きましたが、面白かったです。03でネクストで15なのはたしかに解るなと思いました。三つ見比べたら面白いだろうなと。そしてハムレット2015放送が決定してめでたい!

以上、お目汚し失礼致しました。